つながりの場

【いっしょに夢を叶えたい!】やさしさと意欲あふれる農村住み込み職員募集

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はじめに(【重要】必ずお読みください)

健全で持続可能な子育て環境実現に向けたモデル事業を推進するにあたり、ふなあんの正職員(労働者組合員)の募集は、近い将来、農村部の古民家への共同移住の同意を前提として行うことにします。

都市部に向けた石けん普及活動を推進するため、地域は、大阪府豊能郡・兵庫県川辺郡など、猪名川流域を第一希望としておりますが、古民家事情は日々変化することが見込まれるため、猪名川流地域域以外の周辺地域(兵庫県篠山市以遠・京都府亀岡市以遠)になることも見込まれます。その場合、供給活動は、自動車で片道一時間以上を要する場合も見込まれます。農村での共同生活は、いわゆる別荘としてではなく、定住住居への居住のため、住民票も居住先の自治体に移転、子どもの通学も、居住先自治体の指定校となります。(条例で義務付けられている自治体もあります。)あらかじめご了解ください。

田舎暮らしは、都会暮らしとは求められる価値観もしきたりも全く異なるため、人によっては、想像以上に厳しく感じる場合があります。例えば、都市部ではあたりまえのように使えていたライフライン(都市ガス・下水道など)が使えない場合や、都市部でできていたような買い物や飲食店通いができなくなったり、地域(集落)の行事への参加が、その地域(集落)への居住の暗黙のルールとみなされる場合があります。都市部より人口は少ないですが、その分だけ濃密な人間関係の形成が求められます。都市部のような娯楽施設とは隔絶された閑静で豊かな情緒が育まれる自然豊かな環境での居住です。もちろん、パチンコなどの娯楽施設の利用やタバコの使用は、ふなあんの就業・共同生活規則で禁止されます。そのような生活文化を全面的に受け入れる用意が十分にある方のみ、ご応募ください。

サステナビリティを志す方にとっては、都市部よりも生活の自由度が向上し、心身ともに健全で人間らしい暮らしを実現できる、この上ない居住環境だと思います。「半農半X」「里山資本主義」などというキーワードがありますが、このようなキーワードに生涯を捧げたいと心から願う方は、奮ってご応募ください。

募集は定員(若干名)到達の時点で予告なく打ち切る場合があります。募集を行っている今がチャンスです。これまであきらめていたけれど、都市部では実現できない夢を実現したいと願っていた方は、ぜひこの機会をお見逃しなく、お早めにご応募ください。

都市型就労と依存型労働組合活動に物申す!

ざっくりいえば、都市型生活は依存と甘えで成り立っています。そのようなライフスタイルによって生じる歪みや矛盾で、市民運動家は理不尽な悩みを押し付けられ、泣き寝入りを強いられてきました。例えば、職場の過剰な冷暖房の問題があります。都市部での冷暖房の使用は、火力発電やガスの消費に伴うCO2の発生や原子力発電所の稼動による「核のゴミ」の発生の犠牲のうえで行われています。市民運動家は、このような現実をよく知っていることから、環境省指針値を妥協点として、それを上回る過剰冷暖房は許せないのです。また、市民運動家は、季節に順応する低負荷型ライフスタイルを実践しているので、「冬体質「夏体質」となり、過剰冷暖房は、体調不良の原因にもなります。発起人は、民間企業での都市型就労時代に、そのような過剰冷暖房を是正する要請運動を行ったことを理由に首切りされた経験を何度もしています。それには、表向きには「環境保全」を標榜している企業も含んでいます。これが、サステナビリティの考え方がライフスタイルとして定着していない企業の多数の社員の無知なわがままがまかり通り、正義を厄介者として排斥する「口先だけの偽善CSR」と揶揄される所以です。食品・給食関連業務経験のある石けん運動家の方からも、「職場で石けんへの転換を推進したいが、決定権限がないので、なかなか言い出せずにいる。(提言すれば、不利な扱いを受けるのが不安)」という話をよく聞きます。結局は、都市型のムダに起因する環境負荷は、その大部分が、営利優先の会社の構成員の現実の無知や現実逃避癖に起因するエゴを、多数の論理でマイノリティを排斥することでまかり通すことに起因するというわけです。このようなエゴによって、真摯に取り組む市民運動家が虐げられている現状があります。市民運動家の人間的な暮らしが約束されるしくみの、実際的な行動による実現が求められます。

もう一つは、労働組合の依存体質です。労働組合の要求活動の典型といえるものに、賃上げがあります。たしかに、都市部での生活には、ある程度以上のお金が必要ですが、お金を要求することに終始するような要求行動も多くあります。最大の問題は、人間らしく誇りを持って働ける就労環境づくりではないでしょうか。当ふなあんはみんなで得た収益を、みんなで交わした約束に従って分配する分かち合いの共同責任制です。ですから特定の職員が賃上げ要求するような行動そのものが考えられません。仮に一世帯あたりの賃金が少なくなったとしても、それはふなあんのすべての世帯も同じように賃金が低くなりますので、不平不満を漏らす余地などないのです。そのことが、翌月はみんなでがんばってみんなの賃金をみんなで上げようという、建設的な動機付けになるというわけです。これこそが、真の共同自立型のしくみです。

ある労働組合の方は、このように割り切ります。「労働は苦になることだから、労働者の権利を行使するために、いかにサボる(休む)かが重要」と。冗談ではありません。もちろん、労働者の権利は尊重されなければならないことはいうまでもありませんが、仕事が苦になるという前提に置かなければならないような仕事は、最初からすべきではないのです。「好きこそものの上手なれ」といいますが、仕事とはそういうものです。「仕事は趣味の発展的延長にある」と言い切っても過言ではありません。相次いで起こる消費者問題も、嫌々働いて生産された結果生み出された粗悪品がそもそもの原因ではないですか。ほんとうにいいものを生み出す職人は、自らの仕事に誇りを持ち、自ら厳しい目標を掲げてものづくりに取り組み、現状に妥協したりせず、常に向上するものづくりを目指していこうとするモチベーションが、自ら取り組む仕事を通じて、自己啓発的に湧き上がってくるものです。よく、「ワークライフバランス」といいますが、これは、「仕事=苦」を前提とし、ライフの部分で、仕事のストレスを解消するよういわれますが、これでよいのでしょうか。本来の人間らしい仕事とは、生活と一体になっている仕事です。ほんとうに好きで誇りが持てる仕事なら、時間を忘れているということもよくあるものです。また、仕事をしている姿を、子どもにも見せることができるものです。このようにして、世界からも尊敬される日本のものづくりは築き上げられてきたのです。しかし、その日本の誇るべきものづくりの精神が、過剰な資本主義による歪みや理科離れによって、衰退の危機に瀕しています。ですから、ふなあんの正職員は、石けんをこよなく愛し、生涯の仕事にすることを決意した、揺るぎないものづくり(職人)精神と強い市民運動のこころを持った人で構成されるべきです。それは、職員自身の人間的成長のためであることもさることながら、なにより職員の家族や、ふなあんの石けんを愛用していただくお客様、そして、私たちが生かしていただいている社会や地球のためなのです。

ぎんぶなの里学校ESD:ほんものの市民運動を丁寧に推進し、新しい生活文化を創造

環境市民運動家の高年齢化や、活動分野の偏り、活動実績づくりだけのこころのない市民運動は、市民運動文化の深刻な衰退を招いており、ことに石けん使用運動や化学物質のリスクコミュニケーションといった化学物質管理分野の市民活動は、この関西地域においては、絶滅の危機に瀕しています。

市民運動というのは、本来、日々の生活がかかっており、勤労市民層主導で推進される、ライフワークと一体で、こころを込めて行われるべきものです。ところが、今日では、定年退職後の生きがいであるとか、余暇の利用といった安易な動機だけで進められることが多く、20代から50代の勤労者層の参加はほとんど皆無に近い状況です。このような、市民運動に対する安易な考えは、市民社会先進地域のドイツや北欧地域とは決定的な温度差を生んでいます。

力強い市民活動には、子育て世代の若い力こそ必要です。子育ては、重要なライフイベントであり、あらゆる分野の市民活動と有機的に連繋しています。石けん運動やリスクコミュニケーション運動もそのうちのひとつであり、その力強い取り組みによって醸成されるやさしく思いやるこころ(利他精神)が根拠となって、その他の子育てに重要な市民活動の動機付けになります。本来あるべき市民的な子育ては、このような、きっかけがつないでいく市民活動の力で支えあうものです。このような若く力強くし丁寧な親心あふれる取り組みが、昭和のころのよき生活文化を継承しつつ、持続可能な新しい生活文化を創造していくのです。このような教育は、ESD(持続可能な開発のための教育;Education for Sustainable Development)として10年以上にわたり、ユネスコなどによって提唱・推進されてきていますが、ふなあんでは、日本の環境事情に合うかたちで、独自のESD(ぎんぶなの里学校ESD)を推進し、発信してまいります。

ぎんぶなの里学校ESDビジョン

低俗な娯楽やタバコ、人工的な臭いなどの煩悩的阻害要因から物理的・社会的に隔絶された、自然豊かな農村の地で、自然のなかから、楽しさやよろこびを見つけたり創造する力を養います。

ていねいに暮らす力・自然の美を知り、率直に感動し、自然を慈しむこころ・いのちのつながりの尊さに向き合うこころ・日本の創造する伝統文化に親しみ、新しい文化を創造する温故知新の力を、親子の世代が一体となって育むことで、生活文化と自然環境が調和した、本来あるべき持続可能な発展を追求する人間を育みます。このような教育観を、広く社会に知らしめ、人間活動に起因するあらゆる環境問題や教育問題の発展的解決につなげていくため、実際のふなあん職員住居を、人のぬくもりを実感できる子育て博物館として開放します。

【ESDプログラムの例】

●石けんでの手洗い洗濯

●伝統工法の木の住まいで暮らす

●身近な素材に五感で親しむ

●庭に咲く季節の花を愛でながら、季節の唱歌を歌い親しむ

●工夫して遊ぶ、昔の遊びに親しむ

●身近な水生生物を飼育する

●季節の花や野菜を栽培する

●自然の恵みを料理し食べる

●おがくず(米ぬか)トイレでの用便と肥料づくり(食育とのつながり)

●科学あそび

●シンプルで機能的な工業デザインに親しむ

市民運動の力:痛みのわかる人間は、やさしくなれる、なんでもできる

市民運動とは、世の中の理不尽との闘いだったりします。その理不尽で、自身や家族の心身を傷つけられると、立ち直ろうとする力が、市民運動の原動力となり、市民運動によって、それが解決していくたびに、人として強くなれるのです。これは、人の動物としての防御本能で基づく行動としての側面と、人間特有の社会的理性に基づく行動の両方の側面を持ちます。そのような苦労や何らかのショッキングな体験が、人が本来持つやさしいこころを惹起し、悩める他者を思いやらずにはいられない、利他精神を備えたやさしい人間に成長させるのです。

痛みを知るとは、理屈ではなく、自身の行動で現実を知ることです。理屈だけの「行動したふりの活動家」と、現場主義の真の活動家とは、痛みを知ることができるかどうかが違うのです。その違いは、日常的に行動を共にし、コミュニケーションを重ねるうちにわかるものであり、日々の慣行(プラクティス)が根拠になって現れるものです。ですから、いい振りをしようとしても、ごまかしようのないことなのです。よくある例として、自身がアトピー性皮膚炎を発症するという苦痛を経験した人の例があります。その人は、自身の生活習慣を振り返るうちに、化学物質の乱用が、自身の身体を傷つけていたかもしれないことに気付きます。すると、まずは自身が、アトピー性皮膚炎発症の高リスク因子かもしれない合成洗剤や柔軟剤の使用をやめ、石けんに替える試みを実践します。石けんを使っていくうちに、石けんの実用性能の高さを知ることになり、あわせて合成洗剤の理不尽さをあらためて悟ることになります。石けんに替えることで、完全治癒こそしないものの、症状の悪化には歯止めがかけられることも実感します。自身のアトピー性皮膚炎発症という苦痛と石けんに替えることで体得した成功的気付きが、自分のほかに同じような悩みで苦しんでいる人のために、あるいは、もうこれ以上同じ症状で苦しむ人を増やさないために、石けん使用運動に火をつけるのです。石けん運動を進めるうちに、それは、自然環境の生物を思いやることにもなることに気付き、ますますやさしい心が育っていくのです。

もともと、市民は、特定の専門分野に関しては未経験であることが一般的ですが、市民が主体となって、強い運動を進めるには、市民自身が学習の機会を得ることが必要になります。人は、追い詰められたり、必要に迫られたりすると、なんとしても解決すべく学習しようとします。なぜそうなのでしょうか。その課題の解決のために、そのことに関する学習が必要だからです。そのモチベーションは、必要だと思う気持ちが強ければ強いほど強くなります。市民運動を重ねていくうちに、現場の問題に直面し、なんとかしなければならないという気持ちが強くなれば、たとえ専門外のことでも学ぶのです。必要だという気持ちが強くなれば、何でもできるだけのポテンシャルを生み出す力、それが、市民運動の力です。 もし、自身や活動団体にとって難しいことを理由に、その問題から逃避しているとすれば、それは、市民運動家としてなすべきことを避けていることになり、そのような人にとっては、何事も他人事なのです。だから、知らず知らずのうちに、ちぐはぐな行動をしたり、逃げの言い訳をしようとするのです。

ほんとうの市民運動を実践する市民運動家は、腹をくくれます。だから、何事も怖くないのです。家族や社会をいたわり、生き抜いていくためには、恥を承知で、タブーにさえもあえて挑戦したりしながらも、果敢にぶつかっていく親心なのです。そのような大小の取り組みを、たくましく泳ぐ銀鮒のごとく、諦めずに地道にを重ねていくうちに、持続可能な発展を遂げる、やさしい社会を実現していくのです。そのような、社会や子どもから尊敬される大人を、いっしょに目指していきませんか?

ぎんぶなの里学校構想について

アメリカ型住居(手の込んだ伝統工法ではなく、うわべの見た目重視で、簡単にできあがる新建材の貼り付け住居、いわゆる「ベタ貼り住居」)やパチンコ・ゲーセンといった低俗な娯楽、タバコの煙害、合成洗剤で汚染されて遊び場にならない汚れた河川など、都市部には、教育上の阻害要素があまりにも多くあります。都市部に暮らす人たちにとって、このようなことは、都市住民として目をつぶるべき宿命だと、泣き寝入りを強いられてきました。このままでは、大人の世代のこころも、こころ豊かな子育ても破壊されてしまいます。 そこで、ふなあんでは、本来の人間らしい子育てや地域の人間関係づくりのありかたを問い直す機会を設けるべく、前述の阻害要素から人間らしい教育環境を守る「ぎんぶなの里学校」構想を提唱し、推進することになりました。 「ぎんぶなの里学校」は、暫定的には、その考え方をWebで伝える、バーチャル・コンセプト・サイト(Webサイト)として開設し、近い将来、農村部の古民家で、実際に子育て世帯が暮らしを営む「活きた子育て博物館」として、都市部の子どもたち、健全な情緒を育む癒しのあそび(学び)の場を提供します。 同じ屋根の下で暮らすご近所同士が縁側や囲炉裏端に集い、井戸端会議をしたり、子どもも大人も、季節の花々や川の生きものと遊んで喜びと感動を共有したり…ぎんぶなの里学校は、石けんづくりの仕事の楽しさも厳しさも共有しながら、昭和のころに当たり前だった、ご近所同士の助け合いお節介やこころ豊かな教育の場を、ありのままに実現しようというものです。

応募について

前述のような主旨であるとともに、石けんの製造・頒布作業には、石けん運動に関しての理解はもちろんのこと、かなりの体力と忍耐力が必要になります。そのような観点から職員(労働者組合員)としての募集は、30代の子育て世代の方を優先しており、うち1名は独身の女性とします。詳しいことは、「協同組合設立準備会メンバーの募集案内」をよくお読みいただき、応募フォームを送信してください。追って、応募者向けの詳細のご案内を差し上げます。

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